続編第三章 嫉妬しちゃう心暑い……。かき氷食べたいな……。仕事を終えて買い物をしながらそんなことを考えていた。大くんは甘いモノをほとんど食べない。だから私も付き合って食べないようにしているけれど、たまに食べたくなってしまう。女性は甘いモノが大好きな人が多い気がする。七月に入り、ますます気温が上昇しているせいか、湿気が多くて具合が悪くなる。今日は冷麦でもしようかな。そう思っている時、大くんからメールが届いた。『友だちに会うことになった。今日は夕飯いらないよ。なるべく早く帰るね』なんだ、一人で夕飯か。寂しいな……と思いつつ、一人なら作る必要はないと思ってお弁当を購入した。きっと、大くんと暮らしてなかったらだらしない食生活かもしれない。お惣菜かファーストフードか、コンビニ弁当。栄養バランスを考えないで食べていただろうなと想像し苦笑いをしながら自宅に戻った。家に戻ると一週間分の疲れが出てしまったのか、お弁当をテーブルに置いてうとうとしてしまった。「……う、……みう、美羽!」呼びかけられて体が揺すられ、目を覚ます。大くんが心配そうな顔で覗きこんでいた。「……あ、やだ。眠ってしまってた……」壁の時計を見ると深夜一時だ。明日は休みだから夜更かししても平気だけど……大くんは疲れてないかな。「お帰りなさい、大くん」大くんは私をふわりと包み込むように抱きしめてくれた。安心してまた眠気が襲ってきたのだけど、甘い匂いがして一気に意識がはっきりしてしまった。……女の人の香りがする。
「遅くなってごめんな」「……いや、大丈夫だよ」抱きしめられたままいるのが嫌で、大くんから離れる。すっと立ち上がった私は目をそらす。「明日も早いでしょ? 早くお風呂入ってきた方がいいよ」そっけなく言ってキッチンへ行く。友達に会うって言ってたけど……。匂いが服に移るほど密着していたのだろうか。もしかして――浮気?大くんはそんなことしない人だよね。「美羽。弁当食べようと思ってたのか?」テーブルに置きっぱなしだった弁当を見ながら大くんは問いかけてくる。「……たまにはね」「やっぱり、美羽を一人にしておけないな。ジャンクフードとかばっかり食べて体悪くしそうじゃん。俺が側にいないとね。美羽には俺が必要だな」そう言って後ろから抱きしめてくる。少しアルコールも入っているみたい。友達って誰なの?聞きたいけど聞けない。いちいち束縛していたら、嫌な女だと思われそうだし。結婚するんだからもう少し自信を持つべきだと思う。「大くん、お風呂どーぞ」「うん。美羽、疲れているならあまり無理するんじゃないぞ」「ありがとう」「じゃあ、風呂入ってくる」リビングから出て行った。私は、はぁと溜息をついてソファーに座る。無造作に置かれた最新の機種ですごく薄いスマホに目がいった。中身をみたい衝動に駆られる。けど、そんなことはしたくない。婚約者であってもプライバシーは必要だと思うから。そう思いつつ真っ暗な画面を見ていると急に光った。無料通話アプリが作動し画面にメッセージが書かれていた。『紗代:今日はありがとう。また会いたい』短い文面だったためかすべて読めてしまった。画面はすぐに暗くなる。……紗代って誰?
二人きりだったわけじゃないよね。疑いたい気持ちが出てきたけれど大くんを信じよう。立ち上がってお弁当を冷蔵庫に入れる。食べる気が湧かずミネラルウォーターをグラスに注いで飲んだ。そこにバスルームから戻ってきた大くんが頭を拭きながら近づいてくる。「俺にも一口頂戴」ニコッと笑って私の手からグラスを抜き取った。そして喉を鳴らして美味しそうに飲んでいる。モヤモヤしている気持ちが嫌だったから、意を決して質問しようと思った。声が震えないように冷静を装って質問を投げかける。大くんはミネラルウォーターをおかわりしようと冷蔵庫から取り出して、グラスに注いだ。「……今日って、何人集まったの?」さり気なく、普段の会話のように話しかける。二人以上であれば安心できるし、勘違いをしたままでいたくない。水を飲み終えた大くんは平然と答えた。「二人だよ」「大くんと、あと二人の友達が来たの?」「いや、俺ともう一人」……二人きりだったってことだ。サーッと血の気が引いていくような感覚に襲われた。これ以上質問を重ねてもいいのだろうか。もっと悲しい気持ちになるかもしれない。それなら聞かないほうがいいんじゃないか。「そう。楽しかった?」私は嘘の笑顔を作りながら会話を続ける。「うーん。どちらかと言うと話を聞いていたって感じだからな。定期的に話を聞いてやらないと爆発しちゃうみたいでさ。困ったやつだよな」ずいぶん仲のいい友達で、付き合いが長いようだ。私の知らない大くんを知っている人なのかもしれない。大くんはソファーに座ってスマホを手に取った。さっき届いたメッセージを読んでいるようだ。すぐに返事をしている。大くんはマメな性格だから深い意味はないと思うけど……女の人に返事を書いていると思うと、胸の奥底から嫌なものが沸き上がってくる。「お風呂入ってくるね。大くん、疲れてるだろうから、先に寝ていていいからね」目を合わせることもできずにバスルームに逃げ込んだ。気持ちを落ち着かせるように熱いシャワーを思いっきりかけた。「……紗代って誰なのよ……」そして、私はもう一度ため息をついた。
寝室に行くと大くんはベッドに寝ている。さすがに疲れてしまったのかもしれない。起こさないようにそっとベッドに入り、大くんに背を向けて目を閉じた。寂しい気持ちになってくる。自分以外の女性と二人きりだったなんて……たとえ友達だったとしても腹立たしい。こんなふうに思う私ができていないのだろうか。大くんは、私が男友達と二人きりで食事していても悲しくないのかな。背中に大くんの体温が感じられた。大くんは私にピッタリとくっついてくる。真夏でも関係なく体を寄せてきた。「……起きてたの?」小さな声で質問する。「うん」「寝ててもよかったのに」「美羽が元気ないから」その言葉に固まってしまう。気がつかれないようにしてたんだけど、大くんは鋭い。「元気だよ……」それでも、強がる私。大くんは抱きしめてくる。そして耳朶を舐めてきた。そういう気分じゃないのに。熱くなっている大くんの指先が私の体を布越しに触れる。甘い痺れに体をよじった。それでも大くんは私を快楽の世界へ連れて行く。唇からは吐息が漏れる。「んっ……」「美羽、気持ちいい?」大くんはズルイ。私の快感ポイントをすべて知り尽くしているのだから。そんなことで元気を取り戻させようとするのは卑怯だ。「いや」ちょっと本気で嫌がってみる。「なんで?」「つ、疲れてるの!」「……そっか。ごめん」自分から拒否したのに離れられると切ない。そのまま距離を置いて私と大くんは眠った。
朝、目が覚めると大くんは隣にいなかった。ぼうっとする頭に声が聞こえてくる。「紗代が決めることだと思うぞ。……ああ、うん」――紗代。その名前が耳に入ってきて私は目に涙が滲んできた。嫌だ……。他の女の人と、馴れ馴れしくしないでほしい。朝から電話をしてくるなんて……それだけお互いに信用している存在ということだ。大くんには、たくさんのファンがいる。それは応援してくださっているからと受け止めているけれど、プライベートで仲よくしている女性とは話が違う。タオルケットをぎゅっと握って悔しさを押し殺す。……大くんが他の女性に気を取られているかもしれない。どうしよう……。私と結婚するのを今更迷っているのだろうか。「今晩は無理だって。仕事も忙しいし」奪われたくない。そう思ってベッドから出ると、私は大くんの元へ行った。「…………」無言で大くんを見つめると、困った表情をして私を片手で抱きしめた。だけど、電話はまだ続けている。「もう、時間ないから切るぞ。とりあえずまた連絡するから」『待って大樹!』電話から聞こえてきた声は可愛らしい女性の声だった。しかも、呼び捨てにしているなんて。ありえない。私は大くんの胸をぐいっと押して離れた。「ごめん。切るね」大くんは電話を切った。そして、私の近くに寄ってくる。壁に追いやられ、私の顔の隣に両手をついてじっと見つめられた。「おはよう。起きたんだね、美羽」「…………」大くんから目を背ける。空いてる手で顎を持たれ視線を合わせられた。「どうして俺から逃げようとしたの?」「そんなつもりじゃない。……もういい」「何がいいの?」ちょっと怒った顔をされて、思わず泣きそうになる。
大くんは私に隠し事をしているのに、どうして堂々としているのだろう。「はっきり言えよ。何か言いたいことがあるんだろ?」強い口調で煽られて私はつい口を開いてしまった。「……昨日、友達って誰……なの?」声を振り絞るように問いかける。大くんは顔色を変えずに「友達」と言う。「……女の人なの?」「うん」「女の人と二人きりだったの?」「うん」当たり前のように言われたのでそれ以上何も聞けなくなった。間違っていることは何もしていないという態度だ。「……そうなんだ」「隠すことないから言うよ。高校時代に付き合ってた子」「え?」――元カノ?別れた人と友達関係になることは、普通のことなのだろうか。大くんは壁から手を離して直立で私を見た。「俺のこと信じられない?」「そんなんじゃないけど」理解できない。私を置いて元カノと二人で会うなんて。しかも、香水の匂いをさせて。ヒドイ。思わず大くんを睨んでしまう。「なに?」大くんは怪訝な顔をした。「……ちょっと考えさせて」「何を?」「私には過去にお付き合いしていた人がいないの。だから、別れても友達だなんて意味がわからない」大くんは、時計を気にしている。もうそろそろ行かないと遅れてしまうのだろう。「また夜に話そう」そう言って家を出て行った。一人になってしまった部屋は、静まり返っていて悲しい気持ちになる。私はなんで嫉妬深い発言をしてしまったのだろう。付き合って、別れて……と言う経験がある人はどうなんだろうか。自分がスタンダードじゃないのは、わかっている。でも、考えてもやっぱり別れた人と友達になるなんて理解できない。玲か千奈津に聞いてみようか。私も仕事にいかなきゃ。
仕事から帰ってきて夕食の準備を終えて私はソファーに腰を下ろした。大くんが帰って来る時間が近づいてくると、そわそわするスマホを持った。大くんと顔を合わせるのが気まずくて玲に会えないかメールをするも駄目だった。千奈津も予定があった。――大くんに会いたくない。二十時になり私は頭を冷やしたいと思って外に出た。と言っても、外は蒸し暑くて汗が出てくる。しばらく歩いてスマホを家に置いてきたと気がついた。「連絡できないや……。今、何時なんだろう……」長い時間歩いた気がする。それでも帰る気になれずに歩き続けた。すると、一台の高級車が止まった。窓が下がり声をかけられる。「あれ、美羽ちゃん?」「あ、赤坂さん……」芸能人オーラが漂っている。サングラスを外して私を見つめる。「こんな時間に一人で何やってんの?」「……いろいろありまして」「大樹は?」何も答えずにいると赤坂さんは察したように微笑む。「喧嘩?」「私のワガママなんですけど」「マジ? 話聞いてやるか。とりあえず、夜に一人でふらついてると危ないから乗って」「ありがとうございます」普段は男の人の車には乗らないけれど、赤坂さんはCOLORのメンバーで信じられるからと乗せてもらうことにした。「で、大樹には外出してくるって伝えてあんの?」首を横に振る。「マジ? すっげぇ心配するぞ」「どうでしょうか……」車をしばらく走らせると赤坂さんが提案してくる。「話聞いてやるけど、車の中だと雑誌に撮られるかもしれないから俺の家来るか?」「えっ?」肩を震わせて笑っている。「悪いけど親友の女を襲うような悪趣味なことはしねぇーから」その言葉を信じて赤坂さんの家にお邪魔させてもらった。
「散らかってるけど、どーぞ」1LDKだが部屋は広い。でもたしかに少し散らかっていた。掃除してくれる彼女とかいないのだろうか。黒いソファーに腰を下ろす。赤坂さんは、冷たいお茶を出してくれた。「俺、ビール呑むけどいい?」「どうぞ」「送っていけないから帰りはタクシーで帰れよ」私の目の前で腰を下ろしてあぐらをかいた。「で、どうした?」「実は大くん……元カノと二人で会っているそうなんです。友達だと言っているんですが、私は別れた人と友達になるなんて理解できなくて」ふんっと鼻で笑う赤坂さん。ビールを一気に呑み干す。「まあ、俺も美羽ちゃんと同じ考えだけど。大樹は別れた人とも友達になれるんじゃねぇーの?」私と同じ考えの人がいて安堵した。「そうなんですけどね。二人きりはやめてほしい……」「ずいぶんハッピーな悩みだな。笑わせんじゃねぇ―って」自分では一生懸命悩んでいるつもりなのに他人にはくだらないことに思えるらしい。恥ずかしくなってうつむく。「悪い。きつかったか?」「いいえ。その通りだと思います」立ち上がって二本目のビールを開けた赤坂さんは、つぶやくように自分の話をはじめてくれた。「美羽ちゃんは好きな人と一緒にいられる。それってすげぇ幸せなことなんだぜ。俺はなかなか会えないから……」この話しぶりだと恋人がいるような口調だ。遠慮しながらも私は質問してみた。「彼女さんは……?」「アメリカ。正確には彼女じゃない。俺が惚れているだけで、あいつはどう思ってんのか不明なんだよね」よほど素敵な人なんだろうな。女優さんとかなのかな。ハリウッドとかで活躍しているとか?「大樹は正直に元カノだと言ったなら、怪しい関係ではないんじゃないか?」「……そうなんでしょうか?」自分も感情的になっていたから冷静に判断できなかったかもしれない。「逃げないでちゃんと話し合う必要があると思うぞ」「……はい」赤坂さんが言ってくれた言葉を噛みしめる。大くんが何を話すかわからないけれど、怖がってはいけない。「俺の好きな人、心臓病なんだ。移植でアメリカにいるわけ。……元気になって戻ってきてくれたら俺の女になってくれって言うつもりだけど。早く……会いてぇな」切ない顔。寂しそうな声。赤坂さんに比べたら私なんて幸せなのかもしれない。デスク周りには心臓病に関する書物が置い
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。